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まずは1年続けよう

1年続いたらブログ名どうしよう

何事も最初は楽しい

 ブログを始めようという気になった理由は、久しぶりに本を読み始めたからだ。文章を書くということも立派な生産活動であることを思い出した。そしていかに自分が消費者に甘んじていたかを痛感した。(消費者にすらなれていなかったかもしれない)

 

 何かしらの考察を文章で人に伝えるということが自分は苦手だ。一体何故なのか。まず、文章作成には大きく分けて二つのプロセスがある。

①頭の中で考える。

②考えたことを言葉で表す。

 まあ当たり前のことである。こんなことわざわざ書くまでもない。しかし、当然と思われることを今一度考えてみることは無意味ではなかった。おそらく①に関しては自分はこなせているのだと思う。ほとんどの場合とりとめもない無駄なことについてではあるが、自分はよく考えに耽っている。アイデアが空っぽの状態ということはあまり無い。しかし、いざそれを他者に伝える形にしようと思うと途端にそれが出来ない。何故それが出来ないのか考えてみた。

 簡単なことである。②言語化が出来ていなのだ。「言語化」というのは書き言葉・話し言葉などで実際に表すということだけでなく、そもそもその手前の段階、自分の頭のなかで上手く言語化できていないのだ。文章力がない、というのはどうしても「書く」という行為が下手である、という感じをうけるが、そうでなく「文章力」というのは紛れも無く脳の力の一つなのである。自分はこの点を考え違えていた。文章を書くという行為が苦手なのであって、脳内では「自分向けの」文章はしっかり出来ているはずだと考えていた。否、そもそも脳内ですら文章ができていないのであった。

 では、言語化出来るようになる(=文章力をつける)にはどうすれば良いのか。「文章を書く訓練をすればよい。」これでは足りず、「文章化することを前提として考察をし、なおかつ実際に文章を書く訓練をすればよい。」

 文章を書くのは難しい。正直こんなにも頭を使う行為だとは思っていなかった。筋道が通っているか確認し、そもそも漠然とした考えをどう言葉で表すかに頭を悩ませる。自分だけはとりあえず解っていると思っていたことも実は理解していなかったのであるから失笑ものだ。しかしその失笑は自身の無知を自覚できた喜びの笑みでもある。

 ともあれ、自身の文章力を育むことがこのブログの第一の目的である。もちろん日記的な使い方も想定してはいるが。

 

 最後にこのブログの一応の基本方針をまとめておきたい。実は私は今まで何回か思いつきでブログを始めたが、どれも長続きはしなかった。それらを踏まえて考えたのが以下の4点だ。

1 ただ感情的でポエムのような記事は書かない

2 読者の存在を前提とする

3 更新間隔を定める

4 堅すぎず

 ポエムのようなものを書きたくなることは多々ある、だが今までそうしたものを吐き捨てた結果幸せになれた試しがない。それを見る他者だけでなく自分にすら有害とあらば全く無意味なことである。自己満足で終わるものというのは蓋を開けてみれば不満足に終わることが多い。であるから1と2を考えた。

 ただし、感情的ではあるが、それについてしっかりと論じられるならば記事にすることができる。(例:緑髪キャラが可愛すぎるんだが、それについて考察してみた)

 3についてであるが、これはブログを続けていくためである。「毎日更新」「自由に気が向いたら更新」など過去に定めてみたが両者とも失敗した。前者はその実効可能性に問題があり、後者は気が向かなった時期が数ヶ月あったため駄目だった。それらを踏まえ、今日を始点に2日おきに更新していこうと思う。記事の内容を思いつき、それを言語化するのにはこれくらいの間隔は必要だと判断した。色々な考えに耽るといったが、流石に毎日生き生きとした考察を行える程ではない。

 そして4であるが、これは記事の内容のことだ。初回から何だか理屈っぽい話をしているなぁと我ながら思うが、何も毎回このような調子で行くわけは無いということである。というよりも、毎回こんな調子の記事をポンポン書けるとは到底思えない。日常の他愛もない記事も書くつもりである。(このゲームがおもちろい、とか)

じゃないと続く気しないしな…

 

 初回から想像以上に長ったらしくなってしまった。我ながらどこまで続くか見ものである、とか考えちゃってる時点で駄目なんだよなぁなどと思いつつ終了。